伊豆市読みもの

歴史の街に息づく 街の小さな書店

伊豆市

修善寺駅北口を出ると、右手に「本」の文字が消えかかった看板が目に入る。全国チェーンの書店が以前、ここに店を構え、そして撤退していった名残だ。
左手に目を向けると、「NAGAKURA BOOK SHOP」の文字が目に入ってくる。修善寺で3代続く老舗書店だ。

書店経営が苦しいと言われる時代、「街の本屋」が次々と姿を消している。書店がない街が増え続けている中、修善寺という小さな街で書店の灯をともし続けている「長倉書店」。初めて修善寺駅に降り立ったときから気になっていたその書店の代表に、今回お話をうかがう機会を得た。

■書店のいま

「Amazonのせいで書店の経営が苦しくなったわけではないですよ」
Amazonに代表される通販サイトによって「本屋に行かなくとも書籍が買える」ようになり、それで書店の経営が難しくなってきたと思いがちですが、長倉さんは違うと言います。チェーン展開する会社が地方都市にも出店し始めた頃からすでに苦境は始まっていたのでした。
「逆に言えば、それだけ良い時代、本を並べておけば自然に売れて儲かった時代があった、ということです」

そういえばかなり昔、書店勤務の友人から聞いたことがありました。
「出版取次(日本出版販売(日販)やトーハン)から送られてくる本を店頭に並べ、売れなければ返品すれば良い。回転率の良い雑誌やコミックで利益は稼げるし」

日本全国、どこの本屋に行っても同じような品揃えでお店に特徴がないとなれば、全国チェーンの方が有利になってくるのは当然です。

長倉書店も、修善寺駅前に全国チェーンの店がオープンしたとき、大きな影響を受けます。店をたたむ選択も考えたそうです。しかし、ある理由から存続を決断しました。

長倉書店では、伊豆の郷土本などを自社で出版していました。現代表のお爺さま、お父様が制作された書籍です。

■街の本屋として

普通の本なら、駅前の全国チェーンの店に行けば手に入ります。長倉書店を閉めてもそこで地元のお客様に迷惑を掛けはしません。しかし、自社出版の書籍は、入手する場所がなくなってしまいます。それは避けたい。そう思って、店の存続を決めます。そしてこの選択が、長倉書店の新しい路線を決めていくことになります。

つまり、長倉書店に来なければ手に入らない本も店頭に並べることです。そうすれば店舗の特徴が出せます。日本中、どこに行っても同じラインナップ、金太郎飴のような店舗とは違う、と差別化を図りました。


自社で出版した伊豆の郷土本を中心にコーナーを作っていきます。地元のお客様だけでなく、修善寺温泉に泊まりに来た観光客も意識して、選書を進めました。そうした人たちが、修善寺から、重い思いをしてでも持って帰りたい、と思える本を選んでいきました。
いまでは、伊豆の郷土本なら日本一の品揃えになっています。自社の出版物を中心に新刊では品切れになっている本も古書で揃えており、その存在を知られるようになりました。

■「旅の図書館」をオープン

今回、お話をうかがった場所は、店舗に併設された「旅の図書館」と呼ばれる場所でした。伊豆の文学・歴史・自然に関する本が並んでいます。木の素材を活かした内装で、居心地が良い空間です。


図書館、ですから書籍の販売はしていません。店舗から自由に出入りができ、並んでいる本は自由に手に取り、読むことができます。
当初、この図書館を作るのは周囲から反対されたそうです。それほど広いとは言えない店舗の一角に、一銭の売り上げにもならない場所を作るのは

普通では考えられないと思います。この一角に普通に本を並べて置けば、その分、売り上げは上がるはずです。
しかし、街の人が集まる場になれば良い、観光客が帰りの列車を待つ間に立ち寄ってもらえる場所になれば良い、そんな想いでこの図書館をオープンさせたそうです。


私が高校生だった頃、本屋は一種の社交場でした。そこに行けば知り合いに会う。あるジャンルの棚の前に行けば、同じ趣味の人に会える。だから本を何か具体的に購入目的の本がなくても行く。本を買うお金がなくても立ち寄る。私にとってはそんな場所でした。

書店経営が苦しいと言われる中、さまざまな工夫を凝らした店も現われつつあります。選書に工夫を凝らすのはむろんのこと、自らイベントを仕掛けたり、カフェを併設したり、入場を取る店も出てきました。書店文化を守り発展させていこうという志をもつ書店が、東京都内だけでなくこうした小さな街にも存続しているのが個人的にはとてもうれしく思います。

■新しい書店文化を

今回お話をうかがったのは2020年12月5日、前日は『鬼滅の刃』の23巻(最終巻)が全国発売された日でした。全国的に書店の前に行列ができたと話題になりました。

長倉書店でも販売していました。1日の売り上げは例年の2倍に達するほどだったそうです。ただ、『鬼滅の刃』23巻の売り上げだけでは2倍にはなりません。『鬼滅の刃』を買いに来た人が、「ついでに」別な本を買わない限り、この売り上げにはならないのです。この傾向は、多くの書店で見られたそうです。

書店とは元々、そういう場所だったと思うのです。ある本を買う目的で書店に足を運んだのに、店内を歩いているうちに別な本も気になって一緒に買ってしまう。そして、その本の方が強く心に残る本になったりしたものです。

「歴史的な日になるかもしれない」

代表はそう言われました。

『鬼滅の刃』をきっかけに、本屋に行く楽しさを思い出したり知ってくれたりする人が増えるのではないか。そんなきっかけになる日になればいいと願っています。

■これから目指すもの

長倉書店は数年前から、三島(住所は清水町)の「サントムーンアネックス」3階でも書店を運営しています。ご縁があって既存店を引き継ぐ形で経営しています。店舗面積は修善寺店の約10倍、大型店の範疇に入ると思います。もしかしたら今後も店舗の数を増やしていこうとされているのかと思いながら「ここから先、どんな書店を目指していきたいですか」と聞いてみました。返ってきた答えは「この2店舗で十分です。これ以上、店を増やすつもりはない」。


「すでに2店舗やっていて、規模や立地からいっても特徴が違う店ですから、今の2店舗を運営するだけでかなり疲れます。これ以上やると、自分の目が届かなくなる。自分の目が届かないような書店はやりたくないです。」


その街にあった書店、街の人たちに「無いと困る。無くなってしまうと困る」と言われるような本屋を作っていきたい、そう言われました。
長倉書店はこれからも、地元の人に、そして修善寺を訪れる観光客に愛される書店として残っていくのだろうと思います。

■長倉書店 ホームページ

中郡久雄

伊豆には、学生時代は頻繁に訪れていましたが、社会人になってから長い間、ご無沙汰していました。昔から変わらぬものと新しい驚きをミックスして伊豆の魅力を発信していきます。中小企業診断士、ライター。

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