伊豆市読みもの

かぜとつち、伊豆の正藍染

伊豆市

かぜとつち、伊豆の正藍染

 

 静岡県伊豆市、伊豆半島の真ん中あたり、豊かな山と美しい水とともに暮らす

「かぜつち模様染工舎」の南馬久志さん、南馬絵理さんご夫婦にお話を伺いました。

 

 

神戸の西区出身の南馬久志さん

非常に好奇心旺盛で、

・どうして僕をインタビューすることになったんですか?

・みなさんはどこ出身ですか?

・なぜこういった活動をされているんですか? 

などなど、逆にインタビューされてしまうほどでしたが、染色についてのお話を伺ったところ、たくさんの思いを語ってくれました。

  

 伊豆で蒅(藍の葉を堆肥状に醗酵させた原料)を、堅木の灰と水を使用した灰汁だけで再び醗酵させて染め液を作り日本古来の藍染め(正藍染)を行なっています。

 

 ―なぜ藍染の布を染めているのですか

 

 僕と妻はもともと、京都の服飾の専門学校で勉強をしていました。

 卒業制作で、デニムを脱色させたときにとても面白かったことや、先生から職人に向いていると言われ、京都の小森さんという染の工房に丁稚奉公で3年半修業をさせてもらいました。

そこでは、化学染料で、衣類などに使われる生地を染める加工をしながら、手捺染によるシルクスクリーン法と薬品を用いた後加工を学びました。

 この工房の小森さんは、とても厳しい方でしたが、染の技術が高く、世界的に有名なブランドのテキスタイルを加工していました。工房には実際にデザイナーさんが来ることもありました。

 染は、大きく分けると植物によるものと薬品による2種類がありますが、その工房で、化学薬品を使った手捺染を主に行っていました。

 ある時、小森さんに勧められ、ジャパンクリエイションという展示会で行われた審査会に、自分の作品を応募しました。

 その時は、柿渋、木酢酸と酸化鉄を反応させた木酢酸鉄(第一塩化鉄)によって柿渋を金属結合させて、テキスタイルを作り、入賞することができました。

 そのころから、植物を使ったものを作りたいと思うようになりました。

 

 ―そのまま染色の職人としてキャリアを積んできたんですか?また、化学薬品をつかった手捺染をどうしてやめてしまったんですか?

 もちろん、化学的に作られたものも、自由度が高く、再現性があり、美しいものもありますが、柿渋は日光、湿度や温度によって色が濃くなっていき、コントロールできない所に魅力を感じました。今思えば柿渋の意味を知らない、ただ柿渋を使いたかっただけの若気の至りだったなと、楽しい時間でもあり苦い思い出でもあります。さらに、当時は中国では大量生産真っただ中で、染色業に関する技術が中国企業に蓄積されていき、国内から仕事が無くなっていきました。当時の職人たちの仕事もなくたたずむ横顔が今も脳裏に焼き付いています。やはり、安さを追求した物造りは良くないと思いました。

 そして、創るだけではなく、価値の高いものを企画する側に回りたいと考え始めたころ、益久染織研究所の生地に出会いました。そして、益久染織研究所に入社しました。

 

 ―益久染織研究所の生地との出会いはどのようなものでしたか

 きっかけは、資料室にあったたくさんの生地見本の中で、とても惹かれる生地があり、その製造元を調べた結果、益久染研究所で作られた生地だったんです。

 益久染織研究所では、一度も農薬や化学肥料を使ったことが無い大地で、すべて手作業で綿を育て、糸を紡ぎ、生地を織り、生活雑貨を製造していて、とても興味がわいたんです。

 

 ―そこでは、どの様なことを学びましたか

 ある時、前田雨城先生の「色の文化史」という授業を研究所内でおこなっており、僕はカメラを回す役をさせて頂きながらお話を伺い、日本で1300年間、綿々と続けられてきた染色の考え方は、化学染料とは全く違うアプローチで行われていたことを知りました。

 化学染料は、再現性のために、データ化され、測れば同じ色彩を出すことができます。古代から行われた植物を用いた染色方法は、美のためというより祈りのためにあったと聞きました。 外敵や病気から身を守るために、祈りを込めて染付けした色彩を身に付けていたみたいです。現代の人々とは全く違う概念だったと聞いています。草木染は金属を使い色を定着させることはできますが、それもここ100年くらいの話です。

 

 

 ―古代の染めとはどのようなものですか?藍染も含まれるんですか?

 藍染もそうですし、茜(アカネ)染めもそうです。効能は血行促進、保湿、保温作用、身体の活性化、浄血などの効果があると言われているため、昔から襦袢や褌に赤を使う事が多かったそうです。

 益久染研究所で企画をしながら染の研究をしているときに、京都の恵文社で自分の個展を開きました。

 この個展を開いた理由ですが、その頃から貸し農園で藍を育たり、中国の山東省へ手つむぎのおばあちゃんに仕事で会いに行かせて頂いたり生産背景に触れる機会が増えていました。農家の松本さんが「昔に比べて大地が弱くなっている」と感覚を語ってくれたことが衝撃で、自然と人の関係に興味が生まれました。なので個展の名前は「自然と人のテキスタイル展」にしました。同時に20代で経験した「染め」の世界はあまりにも広大で、自分では明確に捉えれず漠然としていた自身に対して気持ちが悪くなっていたのを覚えています。

 そういった活動をしているころ、年に数回行われていた、天然染料顔料会議に出席する機会がありました。そこで、インドネシア国立芸術大学の先生である茂美さんから、森本喜久男さんに会いに行ったほうが良いと言われました。

 

続く

前田雨城(まえだ うじょう)
 高倉家染頭33代目
 古代染色研究家・全国植物染織研究会顧問、法隆寺献納宝物、正倉院宝物の調査、古代染め復元
主な著書
 1.『ものと人間の文化史 38 色 染と色彩』、(1980)、法政大学出版局
 2.『色 -染と色彩-』 法政大学出版局

flip1125

神奈川県在住。活動範囲は九州から関東まで。広く浅くをモットーに、何事もほどほどにこなします。伊豆は私の第二の故郷なので真面目に魅力を発信しようと思います。宜しくお願いいたします。

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