伊豆市 読みもの

駐車場のとりさん①

伊豆市

※取材許可を取っていないので、仮名を使っています。

私は週に何度か仕事で都内へ出かける。駅へは車で行くため、最寄り駅の駐車場に車を停めている。
そこの駐車場は、出庫するときにお金を現金で支払うこともできるし、プリペイドカードで清算することもできる。
プリペイドカードは払った金額よりも35%程度多くチャージされているので、プリペイドカードで清算する方がお得である。
ある秋の帰り道、私は駐車場の貼り紙を見てプリペイドカードの存在を知った。
『プリペイドカードで払った方がお得です。1日あたり〇〇円になります。
プリペイドカードが欲しい人はこちらに電話してください。
駐車場 とり 〇〇〇-〇〇〇〇-〇〇〇〇』
その貼り紙の電話番号をメモし、翌日電話をかけた。


「はい、とりです」男性が電話に出た。
「すみません、プリペイドカードが欲しいんですけど」
「今、駐車場?」と、とりさんは驚いたように言う。
「いや。家です」
「今、欲しい?」
「あ、いつでも大丈夫です」
というやり取りをし、待ち合わせをすることになった。
「明日は駐車場に来るかね」
「明日、行きますけど、朝早いんです」
「何時頃?」
「7時半の電車に乗るので、7時20分くらいには着いていると思います」私は恐る恐るそう伝えた。
「じゃあ、その時間に待ってますよ」
「そんな早くに申し訳ないですね。帰りはどうです?夜の7時には着くと思うんですけど」
「夜の7時か、その時間はもう百笑いに行ってるな」
「それは申し訳ないですね。じゃあ別の日にしましょうか」
「いいよ、明日来るんだろう?朝、待ってるから」
そう言って電話は切れた。

次の日、7時15分に駐車場で待っていると、人の好さそうな初老の男性が手を振ってこちらへやってきた。
「いつもこの時間?」と駐車場のとりさんは言った。
「そうですね。大体このくらいの時間です」
駐車場のとりさんは100枚くらい入りそうな厚めの名刺入れからプリペイドカードを1枚取り出した。
私はそれを受け取り、お金を払った。
「わざわざこんな朝早くに来ていただいて申し訳なかったですね」と私は言って、仕事でたくさんもらったお菓子を詰め合わせて駐車場のとりさんに渡した。
「何、気を使わなくていいんだよ」と駐車場のとりさんは笑った。


「百笑いに行くんですね」と私は聞いた。まだ電車の時刻まで時間があった。
「まあね。風呂が好きだから毎日行ってるよ。百笑いにいったあとに呼び出されるとどうも億劫でね」と駐車場のとりさんは言った。
百笑いとは、伊豆にある温浴施設である。中伊豆地区では最大級で大江戸温泉のような施設だ。
「百笑い行った後に呼び出されるのはいやですね。深刻なレベルでいやですね」
何を隠そう私も百笑いのヘビーユーザーである。
駐車場のとりさんはあんな貼り紙をしたばっかりに昼夜問わずプリペイドカードの取引を行っているのだ。
「朝早い分にはいくらでもいいんだけどね」
駐車場のとりさんは困ったように笑った。


「私も百笑い行くからよくわかります。百笑いのあとに呼び出されるなんて本当に億劫でしょうね。これから寒くなるからお風邪など引かないように」私は腕時計にちらりと目をやった。
「そらそら、電車が来るね。もう行きなさい。お菓子をありがとうね」そう言って、駐車場のとりさんは私を急かした。
「もらいもので申し訳ないです。とりさんこそ朝早くありがとうございました」
駐車場のとりさんは、いいから、いいから、と言って、早くいくように私にジェスチャーを送った。

私は、控えめで、風呂好きで、早起きの人が好きである。
理由もなく好感を抱いてしまう。人と話すのが苦手な私が朝から初対面の人とこれだけ話をするのはめずらしい。
余裕で電車に間に合った私は、長いトンネルの中で、「いい人だったな」と駐車場のとりさんのことをぼんやり思い返していた。

お菓子を用意しておいてよかった。私はいい人には、よい行いを返すことを心がけているのだ。
そして、このお菓子によって私はこの後、わらしべ長者的に駐車場のとりさんのお返しをいろいろと頂くことになる。
そう、やはり駐車場のとりさんはいい人だったのだ。

編集長

IZU LIFE JOURNALの編集長。伊豆市在住のフリーランス。日々、伊豆の温泉を巡って、温浴施設の休憩スペースで仕事ができないか実験中。2児の母。中小企業診断士。

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