伊豆の国市読みもの

変なホテル東京のロボットと伊豆のホテルのナイトフロント

伊豆の国市

東京で夜遅くまで仕事、翌朝も早くからの仕事の日は宿泊することにしている。

私が宿泊施設を選ぶ際に重視しているのは、ビジネスホテルであれ、どこであれ、大浴場がついているかどうかである。宿泊と大浴場は切っても切り離すことはできず、多少おおげさではあるが、大浴場がある宿泊施設が見つからなければ(温泉であることまでは求めていない)、常に伊豆へ帰る覚悟なのである。私にとって、大浴場は宿泊施設を選ぶ上で必要十分条件なのである。

変なホテル東京

その日、大浴場のついているホテルを予約し忘れていた。当日の朝気が付いて、急いで予約しようと検索すると、宿泊代金は通常時の2倍に跳ね上がっていた。いつもなら伊豆へ帰って、翌朝また東京へ行く算段を取るが、その日はそうもいかなかった。なぜなら、夜8時まで働き、そのあと8時半からWEBミーティングを予定していたからだ。

当然泊まるつもりでそうスケジュールしたわけで、「大浴場のついているホテルが手配できなかったので、ミーティングを別の日にしてください」なんて言えるはずがない。仕方がないので、当日あり合わせのホテルを手配することにした。それが「変なホテル東京」である。

ひとつ断っておくと、私には欠けている部分がたくさんある。中でもとりわけ大きく欠けているのが方向感覚である。とにかく方向感覚に関する感覚は1ミリも1グラムも1センスも持ち合わせていない。そのせいで、はじめて行く場所には1時間も2時間も前に出発しなければならないほどなのだ。

Google Mapのぐるぐる

8時に仕事が終わり、ビールでも買ってからホテルに向かおうと思った。Google Mapでは徒歩3分と計算されていた。だが念のため、一度ホテルを目視してから、その近くのコンビニに向かうというのが方向音痴にとって唯一のモラルというか礼儀であった。

そして、お察しの通り、私は道に迷った。方向音痴の人なら誰もがGoogle Mapのせいにするだろう。方向音痴の人々はありとあらゆる出口に弱いのである。出口を出たら最後、自分のいる位置を見失う。そしてぐるぐる回っているGoogle Mapに絶望するのである。それしか頼るものがないのに、それは明らかに自分の手には負えないのだ。

もし何らかの事情でGoogle Mapの運用担当者と話をする機会を持てたのなら、どうかそのぐるぐる回る機能を止めにしてもらうよう訴えたいと思っている。そして本当に的確に、右に行くのか、左に行くのか、はたまた目の前の横断歩道を渡るのか、はっきり導いてほしい、と提案したい。おそらくそのぐるぐる機能を止めにしてほしい派はこの世に一定数いるはずである。でもあれほどの大企業がぐるぐるさせるのだから、きっと地図のスペシャリストなんかからするとぐるぐる回らない地図は逆に使い勝手がわるいのかもしれない。

道に迷うと泣きたくなる。まるで身ぐるみはがされてこの世に放り投げられたような気分になる。3分で着くと言っていたホテルへの予想到着時刻は8時20分に伸びていた。どうやら私はホテルからどんどん遠ざかっているようである。仕方なしに恥を忍んでWEBミーティングの先方へメッセージを送った。

「道に迷ったので、8時45分からにしてください」

WEBミーティングのお相手は私の方向音痴の素質を知ってか知らずか、

「それは大変!8時45分と言わず、9時からにしましょう」

と太っ腹な提案を返してくれた。

そして私は、真剣にGoogle Mapのぐるぐると向き合い、何とか自分の居場所をその小さなスマートフォンの中に見つけることが出来た。やっと見つけたその自分の居場所の面影を見失わないように丁寧に道をたどり、ようやく「変なホテル東京」に着いた。8時45分を過ぎていた。

不気味の谷

私は大学で表現とか芸術とかについて学んでいた。ある授業の中で、「不気味の谷」という現象を学んだことがある。その授業で取り上げられていたのはファイナルファンタジーというゲームやPixarのアニメーションであった。ファイナルファンタジーのように超リアルを追求すると、人間は途中でそのリアルさに薄気味悪さを感じるようになるというものだった。Pixarのように人間と異なるキャラクターのようなものがリアルになる分には感じない現象らしい。私はゲームに疎い一方、Pixarのアニメーションはわりに見ていたので、「そんなもんなのか」くらいにしか感じなかった。

それから数十年経った2021年3月某日、8時45分、その「不気味の谷」を目の当たりにする。

「変なホテル東京」のフロントにその不気味の谷が待ち構えていたのだ。男と女の超リアルロボットがニコニコ、カタカタ、パクパクしているのである。天井から発する不気味な機械音声が私にチェックインをするように促し、全く下手な腹話術のように超リアルロボットはニコニコ、カタカタ、パクパクし続けている。WEB会議まであと15分しかないのに私はそこでチェックインの機械に近づけなくなってしまった。文字通り、「不気味の谷」が深淵をのぞかせ、私はその谷を飛び越えられないでいた。

不運なことにチェックインをする客は私しかいなかった。「変なホテル東京」のフロントには私の他には生身の人間は存在しなかった。まるで90年代から繰り返される近未来の映画の世界に迷い込んだような気分だった。ここのフロントにはAIとか機械などしかいない。熱を測る者、受付を行う者、笑顔を振りまく者、部屋まで人間を運ぶ者、ネットをつなぐ者。すべての機械は私の一挙手一投足を見守っていた。

意を決して、超リアルロボットを見ないようにそのチェックインシステムに自分の情報を入力していった。その間も超リアル人形はニコニコ、カタカタ、パクパクしているようだった。

心底、この超リアルロボットは不要であると思った。チェックインシステムさえあればチェックインは非対面で可能なのだ。私が「変なホテル東京」のオーナーにコンサルティングを依頼されたら(そんなことはありえないと思うが)全力で反対すると思う。

オーナー:「生産性向上と広告宣伝のために超リアルフロント対応ロボットを導入したいと思っているのだけど…」

わたし:「社長、実は、人間には『不気味の谷』と呼ばれる感情的反応がありましてね…」

と、ファイナルファンタジーやPixarのアニメーションを例に出してプレゼンを行ったことだろう。

だけど、変なホテル東京の快進撃を見る限り、超リアル受付ロボットに不快感を感じる客は少なそうだった。十数年の間に人は不気味の谷を克服したのだろうか…。

大浴場とビール

無事9時までに部屋に入れ、WEBミーティングに参加できた。WEBミーティングが終わると何か食べたくなったし、ビールが飲みたかった。しかし、フロントには超リアルロボットがこの瞬間にも待ち構えていて、ニコニコ、カタカタ、パクパクしているはずだった。

想像してみてほしい。夜中、ビールを買いに外に出かけようとエレベーターを降りると、超リアルロボットがこちらを見てニコニコ、カタカタ、パクパクしているのだ。こんなにおぞましいことはない。

どうせ今日は大浴場がないのだ。ビールはあきらめることにした。

大浴場はビールの十分条件である。

しかし、ビールは大浴場の必要条件なのである。(使い方あってるのか?)

よって、大浴場がないなら、ビールなんてあってもなくてもよい。

まして、あんな不気味なロボットの目の前を通り過ぎなければならないのなら。

私が寝ている間中、超リアル受付ロボットがフロントでニコニコ、カタカタ、パクパクし続けているかと思うとうまく寝付けなかった。

20代の頃に、ナイアガラの滝は夜中になっても本当に水が落ち続けているのか確かめたくて、お金もないのにナイアガラの滝が見えるホテルに泊まって数日、寝ずの番をしたことがあった。実際、ナイアガラの滝は水を落とし続けていたし、真夜中に蛇口をひねるように水の流れが止まることもなかった。

おそらく、「変なホテル東京」のフロントの超リアルロボットもナイアガラの滝同様に、真夜中に電源を落とすこともないのだろう。いつだれが訪れてもニコニコ、カタカタ、パクパクし続けているのだ。

ロックな伊豆のナイトフロント

私はアルバイトしていた伊豆の旅館のナイトフロントさんのことを思い出していた。そのおじさんは腕にすごいおしゃれなタトゥーを入れていた。夏のユニフォームでアロハシャツが支給されてもそのおじさんは長そでを着ていた。私は大体いつも夜中の2時過ぎまで働き、仕事の後、温泉に入らせてもらっていた。

帰り際にタイムカードを押すと、そのおじさんはやってきて、いつも何らかのお菓子をくれ、短い談笑をした。今思うとなかなか素敵な人生の期間だったと思う。私は独身で、面倒を見るべき存在もなく、気が向けば海外へ行き、アートとか文学に傾倒し、伊豆へ帰れば旅館で働かせてもらえ、仕事終わりには温泉につかり、飲み放題で余ったビールをお土産でもらい、ナイトフロントのロックンロールなおじさんにもらったお菓子をつまみながら朝方まで映画鑑賞などをする。

変なホテル東京のナイトフロントロボットにはできないことだ。だって、ここには温泉もないし、血の通ったナイトフロントさんもいない。こういう夜、特にお湯につかれなかった夜には特に伊豆が恋しくなってたまらなくなるのだ。

編集長

IZU LIFE JOURNALの編集長。伊豆市在住のフリーランス。日々、伊豆の温泉を巡って、温浴施設の休憩スペースで仕事ができないか実験中。2児の母。中小企業診断士。

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