伊豆市読みもの

海のふた

伊豆市

Ⓒ2015 よしもとばなな/『海のふた』製作委員会

今回は、新幹線通勤につきバッグに文庫本が入っていないと恐怖症候群患者から、なつやすみの推薦図書の紹介です。

海のふたは、西伊豆にある小さな海辺の町「土肥」を舞台にしたよしもとばななの作品。2015年に映画化。原マスミさんの「海のふた」という歌をモチーフに、名嘉睦稔さんの版画が物語を彩る美しい本。

伊豆の本を中心に取り扱う長倉書店さん特製の帯に「よしもとばななの西伊豆愛から生まれた作品」と紹介されている通り、よしもとばななが土肥に対して感じている郷愁と愛着を感じる作品だ。

主人公は、海辺の町でこだわりのかき氷を提供する個人事業を営むまりちゃん。

ある夏休みに母親の友人の子である「はじめちゃん」とひと夏を過ごすことになる。

はじめちゃんはその年におばあちゃんを亡くし、おばあちゃんの遺産を目当てにした遺産相続の争いに巻き込まれていた。

はじめちゃんのお母さんとお父さんはその大人のどろどろした相続争いからはじめちゃんを遠ざけるため、海辺の町に避難させる。

そしてはじめちゃんはその夏、まりちゃんのかき氷屋さんを手伝うことになる。

大好きだったおばあちゃんの死を抱えながら、その死に群がる卑しい大人たちの無神経さに絶望し、海辺の町で毎日泳いだり、かき氷屋さんを手伝ったりしながら、少しずつ物事を消化していく。

まりちゃんは、自分のこだわりのつまったかき氷屋さんを経営している。琉球ガラスの器、奇抜な色の往年のシロップは置かずに、宇治金時やサトウキビからつくった糖みつ、みかん水など、こだわりのシロップのかき氷とエスプレッソを置いている。

お客さんからは、「いちごシロップないの?」とか「なんかこのかき氷、甘くない」とか言われ、傷つきながらも自分を通し続けている。

はじめちゃんはそんなまりちゃんのあたたかく真剣な店づくりに共感し、ふたりはその夏、心を通わせていく。

そしてはじめちゃんの帰る日が近づいてきたある日、はじめちゃんはまりちゃんの家の電話の横にあるメモ帳に書かれていた不思議な生き物の絵を見つける。

その生き物の絵はまりちゃんが孤独の海の底で見つけた生き物を写生した絵だった。はじめちゃんはその生き物がこの世のどの生き物よりも生命力をたたえていることに感動し、その生き物をぬいぐるみにして売る、という商売を始めると言い出す。

ということでこの本にはくせが強い個人事業をはじめる二人の女性が登場する。

よろづ相談などに行ったら一蹴されるような事業内容である。

小説を読んでよろづ相談が頭をよぎるとは、私もなかなかの中小企業診断士度合いである。

しかし、よろづの先生は苦虫をかみつぶしたような顔をするかもしれないが、私はこういう話にめっぽう弱いのである。

かき氷屋さんにも人形屋さんにも入れ込んで、無料で支援を申し出ることだと思う。

でも結局私にできることは、かき氷を食べたり、人形を買ったりすることだけで、売上をあげたり、生産性を向上させたりはできないと思う。

売上をあげたり、生産性を向上させることは、時に事業主の大切なこだわりを蹂躙することになるからだ。

ある機関の研修で外国人研修生に対し、日本の中小企業診断士制度のことをこう説明していた。

「日本の中小企業診断士は、経営のコンサルティングを行う資格であるが、アメリカや欧州のコンサルティングとは性質が違う。売上をあげたり、コストカットをしたり、生産性を向上させて利益を追求するだけではなく、事業主の事業に対する想いを尊重し、アドバイスを行う。コンサルタントというより、メンターという意味合いが強い資格です」

この言葉はいつでも私の心の片隅にあって、私の活動の指針となっている。

それに物語では、ひょんなきっかけからゲートボール帰りのおじいさんたちの間でエスプレッソが流行りだし、ピンチだった事業の窮地を救う、というエピソードがある。その通りで、事業と言うのはぬめぬめとぴちぴちとした生き物であり、狙って得られるものではないように思う。

いつでもニュースをにぎわすのは、ひょうなことがきっかけで注目されたモノゴトである。

(実は電通が仕掛けているのかもしれないけど)

だからそういう事業性の生命力や予測不可能な場面を目の当たりにすると、自分が寝ずに作成した事業計画なんかがその名の通り「エニカイタモチ」に見えることがある。

…と余談でしたが、本の紹介の続き。

まりちゃんは活気あったころの子供の頃の土肥の町を追い求めていた。夏の町は観光客でごった返し、海の中には鮮やかな世界が広がっていた。しかし、その色鮮やかな世界は時代の流れとともに失われてしまった。土肥の町はしなびてしまい、海の生き物は死に絶え、色彩を失ってしまった。

そんな色を失いつつある土肥で、まりちゃんは色彩を取り戻そうと町のみんなの心のよりどころになるかき氷屋さんを始めた。子供や老人が集まって、かき氷を食べながらひと夏の思い出を紡ぐような景色を提供するために。

きっと伊豆半島をめぐってみれば、その町の景色を守ったり、新たな景色を彩ったりしている町の事業者がたくさんいるんだと思う。

そんな伊豆半島の魅力的な事業者さんを取材し、紹介できる日々が戻ってくるのを心待ちにしている。

編集長

IZU LIFE JOURNALの編集長。伊豆市在住のフリーランス。日々、伊豆の温泉を巡って、温浴施設の休憩スペースで仕事ができないか実験中。2児の母。中小企業診断士。

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