沼津市読みもの

太宰治と沼津の赤海亀

沼津市

アイキャッチの写真は沼津三津大瀬旅館協同組合より

沼津市内浦三津大瀬(ぬまづしうちうらみとおせ)|沼津三津大瀬旅館協同組合 公式サイト
静岡県

中小企業診断士とは、中小企業の経営課題に対し、診断や助言を行う国家資格です。

コロナ禍の現在、多くの中小企業はがけっぷちの状況にあり、それに対し、国もあの手この手の施策で応答しようとしています。

我々、中小企業診断士は、国家資格であるため、そのような国の施策が困っている中小企業に上手く、隈なく、いきわたるよう宣伝、支援をしております。国は中小企業に対し、様々な施策を打ち出しており、こちらもそれに呼応し、なりふり構わず支援活動を行っておりますので、ありがたいことに繁忙しております。

私は、伊豆半島にいる数少ない中小企業診断士のため、伊豆半島の事業者様からのご相談はできる限り対応させていただいており、おかげさまで忙しく過ごさせていただいております。

と、長々と先週の更新が出来なかった言い訳をしております。

徐々にコロナに対する制限も緩和されており、IZU LIFE JOURNALでも着々と取材の体制を取り戻そうと動いております。

取材記事が再開するまで、今しばらく私のゆるーい記事にお付き合いください。

ということで、沼津の赤海亀ですね。

太宰治 お伽草紙

私には5~8歳くらいの子供がおり、彼らが眠る前に日本の昔話を読み聞かせるのを日課にしている。ある時、浦島太郎を読むと、竜宮城でのおもてなしの場面で変な違和感を感じた。

「浦島太郎は、竜宮城のきれいな部屋に案内され、たくさんのおいしい料理をごちそうになりました。タイやヒラメやタコなどの魚たちがおどりをおどり、浦島太郎は時間のたつのもわすれて楽しみました」

あれ、竜宮城のおもてなしはこんなんじゃなかったな。たしか、お酒の実を食べてぼんやりするとか、どこからともなく聞こえてくる音楽を横になって聞くともなし聞く、とかそんな感じだったのではなかったか。

そして、私はそれが太宰治のお伽草紙の「浦島さん」であることに思い当たった。

浦島さんは竜宮城へ行き、そこでのおもてなしの奥深さに感銘し、カメに以下のような感想を述べる。

「いや、さう言はれてみると、私には、少し判りさうな気がして来たよ。お前の推察も、だいたいに於いて間違ひはなささうだ。つまり、こんなのが、真の貴人の接待法なのかも知れない。客を迎へて客を忘れる。しかも客の身辺には美酒珍味が全く無雑作に並べ置かれてある。歌舞音曲も別段客をもてなさうといふ露骨な意図でもつて行はれるのではない。乙姫は誰に聞かせようといふ心も無くて琴をひく。魚どもは誰に見せようといふ衒ひも無く自由に嬉々として舞ひ遊ぶ。客の讃辞をあてにしない。客もまた、それにことさらに留意して感服したやうな顔つきをする必要も無い。寝ころんで知らん振りしてゐたつて構はないわけです。主人はもう客の事なんか忘れてゐるのだ。しかも、自由に振舞つてよいといふ許可は与へられてゐるのだ。食ひたければ食ふし、食ひたくなければ食はなくていいんだ。酔つて夢うつつに琴の音を聞いてゐたつて、敢へて失礼には当らぬわけだ。ああ、客を接待するには、すべからくこのやうにありたい。何のかのと、ろくでも無い料理をうるさくすすめて、くだらないお世辞を交換し、をかしくもないのに、矢鱈におほほと笑ひ、まあ! なんて珍らしくもない話に大仰に驚いて見せたり、一から十まで嘘ばかりの社交を行ひ、天晴れ上流の客あしらひをしてゐるつもりのケチくさい小利口の大馬鹿野郎どもに、この竜宮の鷹揚なもてなし振りを見せてやりたい。あいつらはただ、自分の品位を落しやしないか、それだけを気にしてわくわくして、さうして妙に客を警戒して、ひとりでからまはりして、実意なんてものは爪の垢ほども持つてやしないんだ。なんだい、ありや。お酒一ぱいにも、飲ませてやつたぞ、いただきましたぞ、といふやうな証文を取かはしてゐたんぢや、かなはない。」

太宰治 お伽草紙「浦島さん」

この太宰治の「浦島さん」で沼津の赤海亀が登場します。

太宰治は、沼津の「安田屋旅館」で「斜陽」を執筆したそうで、太宰治の作品の中に沼津はちょこちょこ顔を出します。

西伊豆 三津浜 湯の花温泉/太宰治ゆかりの宿 安田屋旅館
西伊豆三津浜、湯の花温泉の旅館。太宰治縁の宿、安田屋旅館の公式サイトです。創業明治二十年。国登録有形文化財に指定されている旅館です。

以下は、お伽草紙の浦島さんでの沼津の登場シーン。

十年ほど前、(私も、としをとつたものだ)沼津の海浜の宿で一夏を送つた事があつたけれども、あの時、あの浜に、甲羅の直径五尺ちかい海亀があがつたといつて、漁師たちが騒いで、私もたしかにこの眼で見た。赤海亀、といふ名前だつたと記憶する。あれだ。あれにしよう。沼津の浜にあがつたのならば、まあ、ぐるりと日本海のはうにまはつて、丹後の浜においでになつてもらつても、そんなに生物学界の大騒ぎにはなるまいだらうと思はれる。それでも潮流がどうのかうのとか言つて騒ぐのだつたら、もう、私は知らぬ。その、おいでになるわけのない場所に出現したのが、不思議さ、ただの海亀ではあるまい、と言つて澄ます事にしよう。科学精神とかいふものも、あんまり、あてになるものぢやないんだ。定理、公理も仮説ぢやないか。威張つちやいけねえ。ところで、その赤海亀は、(赤海亀といふ名は、ながつたらしくて舌にもつれるから、以下、単に亀と呼称する)頸を伸ばして浦島さんを見上げ、
「もし、もし。」と呼び、「無理もねえよ。わかるさ。」と言つた。

太宰治 お伽草紙「浦島さん」

太宰治は、日本の海に南国の海亀が登場するのが解せず、いろいろと言い訳を並べ(先の私のように)、ついに沼津の浜で海亀があがったと話に聞いたことがあるから、もういいや、それならぐるりと日本海の方に回って丹後の浜にも現れたということにしてしまえ、という結論に達する。

※丹後は、京都府の丹後半島。その土地の浦嶋神社に浦島さんは祀られているそう。

太宰治 富嶽百景

ちなみに、富嶽百景の冒頭にも沼津から見た富士山が出てきます。

富士の頂角、広重ひろしげの富士は八十五度、文晁ぶんてうの富士も八十四度くらゐ、けれども、陸軍の実測図によつて東西及南北に断面図を作つてみると、東西縦断は頂角、百二十四度となり、南北は百十七度である。広重、文晁に限らず、たいていの絵の富士は、鋭角である。いただきが、細く、高く、華奢きやしやである。北斎にいたつては、その頂角、ほとんど三十度くらゐ、エッフェル鉄塔のやうな富士をさへ描いてゐる。けれども、実際の富士は、鈍角も鈍角、のろくさと拡がり、東西、百二十四度、南北は百十七度、決して、秀抜の、すらと高い山ではない。たとへば私が、印度インドかどこかの国から、突然、わしにさらはれ、すとんと日本の沼津あたりの海岸に落されて、ふと、この山を見つけても、そんなに驚嘆しないだらう。ニツポンのフジヤマを、あらかじめあこがれてゐるからこそ、ワンダフルなのであつて、さうでなくて、そのやうな俗な宣伝を、一さい知らず、素朴な、純粋の、うつろな心に、果して、どれだけ訴へ得るか、そのことになると、多少、心細い山である。低い。裾のひろがつてゐる割に、低い。あれくらゐの裾を持つてゐる山ならば、少くとも、もう一・五倍、高くなければいけない。

太宰治 富嶽百景

十国峠からの富士山は称賛しているので、高いところから見るか、低いところから見上げるか、海抜の問題であるのかもしれないが、確かに愛鷹山に並んで見える富士山がなんとなく荘厳さに欠けるのはよくわかる。

あるいは、インドから鷲にさらわれているときに、上空から富士山を見たら結構圧倒される気がするが、どうなんだろう。衛星写真でフジツボのような富士山の写真を見ると私なんかは結構感動する。ところで「フジツボ」は、超上空から眺めた富士山にその姿が酷似していることから名づけられたのだろうか。

沼津からの富士山

ということで、今回は昔話から派生した沼津紹介でした。太宰の滞在したのは、沼津の三津です。

三津シーパラダイスが有名な土地ですので、そちらもぜひ。

赤海亀がいるかもしれないです。

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編集長

IZU LIFE JOURNALの編集長。伊豆市在住のフリーランス。日々、伊豆の温泉を巡って、温浴施設の休憩スペースで仕事ができないか実験中。2児の母。中小企業診断士。

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